5月(晩春)
五月になると釣りごころが騒ぎ出す。
水面をわたる風が暖かかくて、今までよりも軽装で済む。
だから、動きが軽快になるはずなんだが……不摂生で重くなった腰のせいでもないが、
長期の連休なのに合計3回しか舟を出さなかった。
しかもその内2回は早々に切り上げた。
やはり、「いつでも舟が出せるわ」と思うと、ノンビリしてしまう。
ガツガツした釣りはめっきり少なくなり、以前と比べようも無い。
あまりに恵まれた環境のせいで、気持ちに余裕ができたのだろう。

だがそればかりではなさそうだ。舟に乗りこむ腰の切れは、どうみても若さに欠ける。
50才も過ぎれば体がついていかない……なんてことに。

やはり、舟に乗り損ね、バランスを大きく崩してドボンと海に落ちてしまった。
拍子に携帯電話を海に落とし、とっさにすくい上げたものの後がいけない。
海水に浸かった携帯を、水道水でジャブジャブ洗った。
塩を抜いてサビの発生を防ごうと、一目散に水栓に飛びついた。
ザッザット洗い、ブルンブルンと空中に振回して水を切った。
いつもの習慣どおり、塩のついたリールを洗うように。

ホット一息ついて、寒さで下半身が水浸しなのを思い出した。……それから、機能しなくなっ
た携帯をながめ、水洗いしてはいけないことも思い出した。……ウカツだった。

知人の夫婦が胸はずませてボートを漕ぎ出すのを見送ってからも、執念ぶかくイジクリまわし
たのだが、しっかり濡れた携帯はウンともスンとも言ってくれない。
携帯が無いと妻と娘を路頭に迷わせることになる。
勤め帰りの妻と学校帰りの次女が、名古屋駅で待ち合
わせて、深夜に電車で来ることになっている。
迎えにいく連絡手段が壊れてしまった、さて、どうしたら
いいのか。

五ヶ所で、親子だけが集うことが今まで一度もなかった
から、画期的一大事なのに、どうしよう。
いやがる次女を、滞在費の代償として高額なバイト代で
釣ったのである。
夜に来て、次の一日をおいて、その次の朝に早々と帰る
ことになっている。
実質1日なのに2日分の日当を要求されても、いやとも言
えず応じてしまった。
なにしろ大草原の、もとえ、大海原の小さな家を、この機
会にぜがひとも実現したかった。
小さな畑作に、庭しごとと、ひっそり親子だけの時間を持
ちたいと、ひそかに楽しみにしていたのだ……。
隠れ家から散歩で10分ぐらいのところからの眺め
途中に3軒しか家がない
さて、釣りのつづきであるが、姪のムコ(青年とよびます)
とのキス釣りは初めてである。
風をさけて、山裏のカセが並んでいるポイントに初めて竿
を降ろしたときのこと。
オモリが底を切って、一メートルぐらい上げたときのこと。
いきなり衝撃が竿に伝い、海中に突き刺さったんであり
ます。
竿を起こしにかかりましたが、瞬時に「あっ、もうアカン」
と悟りました。
とてもドラッグ調整する余裕などない。とにかく、いままで
の経験を超えていますから、なすすべがわからない。
1.5号のシーガエースのハリスが、いきなりプッツン。
体に残っている衝撃波の記憶は、おいそれとは消えな
い。
いったいヤツの正体はなんだ!?
こうした後は、ボクは例外無くプッツンして釣気をなくして
しまう。
湾口での釣果で、キスは中型クラス。
花はボクが摘み取ったものを妻が花束に。
明けてつぎの早朝、約束の5時に、青年は起きていた。
目覚まし時計はなくても、対岸の漁村から時報のチャイム
が入り江に響き渡るからありがたい。
キスを求めて湾口付近まで遠出と意気込む。
遊漁船がまどろむなかに堂々入りこむが、だれもとがめな
い。
船長たちは五ヶ所湾の風景とおなじく、素朴でやさしい。
でも、キスもやさしいのばかりで、釣っては放流のくりか
えし。
たまには、大きく威勢のよい威張ったものに出会いたい。
やはり、そうなるといつものマイポイントに未練がのこる。
結局、マイポイトをベースにして、あちこち小遠征をこころ
みるが釣果はイマイチ。
でも、晩春の海はあちこちウロツイテいても気持ちがいい
なぁ。

キスはさっそくサシミにしました。
ホウボウとタイが混じっています。