10月初旬(むごい仕打ち)
まるでスロモーションビデオのように、きれいに円を描いてボチャン。
船べりに置いた竿が、見事な軌跡を描きながら手元を離れていった。
竿のバランスモーメントを甘く見過ぎたようだ。

予想を越える大物だったに違いない。
暗闇で、2本竿の片方に目が行っていた僅かな瞬間だ。
ユラユラとゆっくり海底に沈んでいく竿に、何をどうしたらよいかウロタエル
ばかり。
片方の竿先を水中に突っ込み、さかんに追うが後の祭りだった。
しばらく海底をサビイたりして、とても諦めきれないで
いる。場所は、夏の盛りから釣れ盛っていたアジの必殺
ポイント。
しかし今回は早めに準備しながら、日も暮れ、とうとう
暗闇になったのに、肝心のアジは一向に姿を見せてくれ
ない。

もうイライラして疲れも限界かなと思った矢先のことであ
る。ギューンと竿を絞ったのは2年もののマダイであった。
久しぶりの手応えに興奮してしまった。
ついに連釣記録も絶えるかと、覚悟していたところだった
。それが一転して我が運の強さを知らしめたのだ。
天性の底力か。

さっそく新たにエサをつけ、ホットした「魔の空白」。
まさに天から地獄への舞い戻り。
帰宅してもココロは乱れ、いつもの満足感はない。
取り逃がした奴は、多分40cmくらいのマダイじゃなかっ
たか・・・・クソッ。
クソッ。
20代、30代、40代・・・・オレの人生暗かったあー
けっきょく50代もそうなるんかなあ。
でも、びしょ濡れになった夜に、またまた出かけて
チヌ一匹追加。アジは次ぎの日の朝に別のところ
で流し釣りに来たもの。ま、こんなもんでイイのさ。

それは、いさぎよく諦めよう。問題は、しかし竿だ・・・・・
早く何とかしなければ。
10年くらいに前に買った超高級のキス用竿である。
いつも安物買いの銭失いを悔やみ、一点豪華の極めつ
けである。
穂先が鯨のヒゲで出来ているらしく、しなやかで折れ
ない。酷使に耐えてきた思い出の一品だ。

夜中にあれこれ考えだし、目が覚めて眠れない。
夜も明けないうちに、ルアーの3本針を準備してポイン
トへ急行だ。
エサも持たず、こんなに気持ちが落ち込んだ船出は、
今まで無かった。

海底をさぐること果てしなく延々とつづく。
ルアー釣り師の気持ちも分かろうというもの。
いつかヒットするんじゃないかと、淡い期待に夢を託す。
ダメと分かっちゃいるけど止められない。
キスの流し釣りしていたら、櫓がいの木造船に出会った。
地元の老漁師さんは、歯が抜けていて何を言っている
のかあまり聞き取れない。長竿をさばいて、魚篭には、
ベラ、ベラ、ベラのてんこ盛り。

人間、いつかは立ち直らなくてはならない。
気バラシに付近をサイクリングして、丘で気持ちを切り替
えよう。
近所の知り合いの方と立ち話をして、少しは落ち着いた。
空模様が怪しいが、中津浜まで足を伸ばして広がった海
を眺めてみたい。それで吹っ切ればしめたものだ。

ポツリポツリの雨が、中津浜に着いたら本降りになった。
小さな公園で雨宿りして、ベンチにひっくり返って空を見
上げると、山の木々が雨に煙って、今にも覆い被さって
きそうである。
一時間も雨宿りして退屈になったので、意を決して雨の中
を突っ走った。
パンツの中まで濡れてきて、股が疲労でガクガクだ。

家に帰った途端である。空を見上げると薄日が射し込ん
できたではないか。

竿は無くすし、びしょ濡れにはなるし。
一生、浮かばれないのが自分の天性やろか。
竿一つで、ずいぶん弱気になったものだ。

ナブラがすごい。イワシの群れをシマアジが囲って
いるんだとか。
バシャバシャと、殺戮の音が絶え間なく聞こえる。
男だから興奮するのだ。