風香る


春本番。
この季節の釣りは穏やかにいきたい。

ただただ海にさすらうだけでごきげん。
釣りは海に漂うキッカケであり、フロクです。
魚が釣れたらオマケ。

風景を楽しむぐらいでなくちゃあ
海の香りをいっぱい吸い込めば、
「ボカアー しあわせだなあ」 ってね


およそ半年ぶりに海にでました。

黄色に輝いてみえるのはシイノキです。
いわゆるドングリの木の一種で、
スダジイと呼びます。

黄緑色の若葉と黄色の花で、春の盛りを
際立たせてくれます。


とはいっても、いざ竿をだすと、
頭のなかはすっかり一発大物で、
現実はサブイのであります。


ワタクシが少年のころ
「いざらい」こそが春のヨロコビでした。
いざらいとは、村人が寄り合って田の用水路を清掃することで、
流れている川を堰き止めます。

少しづつ水が引き、やがて川底が露になります。
するとどうなるか。

ナマズや、フナに、コイに、ウグイや、オイカワが、浅瀬を
ときには直線的に、ときにはジグザグに激しく逃げ惑って。
こんなの想像したら勉強なんかアホくさくて。


「いざらい」の初日こそが、天下分け目の戦いです。
まだ水が引いてなくても、真っ先に飛び込みます。
とにかく、だれよりも早く、遅れをとらないように
大物をつかみたい。

もちろんタモはありませんから素手でね。
ナマズの鋭いエラで手を切ろうが、そんなもんヘイチャッラ。


「いざらい」の日は朝から落ち着きません。
学校には行きたくない、「いざらい」の日は少年解放日です。
たとえ千円くれると言われても、行きたくありません。
 ーイエ、少し考えなおします、
当時は百円でも大金でしたなあ。

とにかくその日の授業はとても長く感じました。
学校の帰り道の焦ったこと、もう全力疾走であります。

同じ部落に、同級生の男が7人いました。
魚捕りに夢中になったのはボクの他に一人。
トシオと言います。
トシオは勉強ではボクに敵いませんが、魚捕りで互角、
いや、ボクより上手だったかも。


ライバルの存在も気になって、部落に流れる川がいくつも
あって、どの川に入って、どの場所を漁るか、
頭の中は錯乱し、沸騰しっぱなし。



ああ、
あれからたくさんの春を数えるが、
熱湯の春は、はるか過去にしかないのです。

今は、ぬるめの春と呼びましょうか、
キスに遊んでもらい、少しは熱くなって


春にキスの引きを楽しみます。

もし、春のキスに出会わないとしたら
これから先の一年はポッカリ穴が
開いたままかも・・・

やっぱり、
キス釣りは、ワタクシにとって釣り始めの
儀式であります。







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